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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17266号 判決

原告

坂本一夫

ほか一名

被告

磯野昭光

ほか一名

主文

一  被告らは、原告坂木一夫に対し、連帯して一五七四万九一〇五円及びこれに対する平成五年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告井口優子に対し、連帯して一五七四万九一〇五円及びこれに対する平成五年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

五  この判決は、原告らの勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは連帯して原告坂木一夫に対し、二七六五万五三一二円及びこれに対する平成五年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは連帯して原告井口優子に対し、二七六五万五三一二円及びこれに対する平成五年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、横断歩道を歩行中の被害者が、被告磯野昭光(被告昭光)運転の原動機付自転車に衝突されて死亡したため、その相続人(子ら)である原告坂木一夫(原告一夫)らが同被告(自賠法三条)及びその父である被告磯野光男(支払合意、被告光男)に対し損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  事故の発生

(1) 日時 平成五年三月二二日午後六時二〇分ころ

(2) 場所 川崎市中原区宮内二―一一―五先路上

(3) 加害者 原動機付自転車(稲城市え五三四五・加害車)被告磯野昭光(被告昭光)運転

(4) 被害者 亡坂木幸太郎(幸太郎)

(5) 態様 幸太郎が横断歩道を歩行中、右方から対面信号が赤であるのに進行してきた被告昭光運転の加害車に衝突された。

2  被告昭光は本件事故当時一八歳であり、被告光男はその父である。

3  幸太郎は本件事故により平成五年三月二八日死亡した。

4  被告昭光は平成六年二月一日、損害金の内金として二〇〇万円を原告らに支払つた。

三  争点

1  被告らの責任の有無

(1) 被告昭光は運行供用者か。

(2) 被告光男の責任の範囲は死亡による損害を含むか。

(被告光男の主張)

被告光男が誓約書に署名したのは、幸太郎の治療費や予後の費用のみを負担する趣旨であり、死亡による損害を負担する趣旨でない。

2  過失相殺(幸太郎の対面信号機は赤を表示していたか。)

3  損害額(原告らの主張は別紙損害金計算書原告ら欄のとおり。)

第三争点に対する判断

一  争点1(1)―被告昭光は運行供用者か

証拠(乙三四、三九、弁論の全趣旨)によると、加害車は西本貞臣が平成三年ころ購入し、同人の所有名義となつていること、同人はその後、別のバイクを購入したため、その子である西本雅臣(雅臣)が加害車を使用していたこと、被告昭光と雅臣は高校の同級生であつたこと、平成五年三月一日に被告昭光らは高校を卒業したこと、その後被告昭光と雅臣は神奈川県川崎市内の運送業者のもとでアルバイトをしていたこと、同月五日に雅臣は被告昭光に加害車を無償で貸し渡したこと、被告昭光は加害車をアルバイト先への通勤等に毎日のように使用していたことの各事実が認められ、これらの事実によると被告昭光は、自己のために加害車を運行の用に供していたものということができ、本件事故について自賠法三条の責任がある。

二  争点1(2)―被告光男の責任の範囲

証拠(甲五、乙六五、被告光男本人尋問)によると、被告光男は本件事故の翌日、被告昭光を伴つて幸太郎の入院先の病院に見舞いに行つたこと、その日は親族の立会いがなく幸太郎に面会できなかつたこと、平成五年三月二五日に被告らは原告一夫と病院で会つたこと、被告らは幸太郎を集中治療室に見舞つたこと、その際に幸太郎の親戚から、幸太郎が植物人間になるかもしれないと言われたこと、原告一夫から幸太郎が頭を打つて血を止める薬を飲ませていると聞かされたこと、集中治療室の幸太郎は頭に包帯を巻き、顔は全体的に腫れていたが、被告光男には幸太郎の顔色は悪くないように見えたこと、被告光男は幸太郎が死亡するとは思つていなかつたこと、その後レストランに行つて本件事故の説明をしたこと、原告一夫は誓約書(甲五)を書いて被告らに署名押印を求めたため、被告らはこれに署名押印したこと、右誓約書には、本件事故について被告昭光の過失を認め、幸太郎の病院費用及び今後の保障その他一切について、責任をもつて支払うことを約束します旨の記載のあること、被告光男は右署名押印の際、幸太郎が植物人間になる可能性があると思つていたこと、被告光男は右誓約書はリハビリ費用等の幸太郎に生ずる損害の補償の取決めと認識していたこと、幸太郎に発生する損害は治療費に限られないことを知つていたことの各事実が認められる。

右事実によると、被告光男は、幸太郎が本件事故で頭を打ち、集中治療室に収容されて治療を受けており、植物人間になるかもしれないと考えていたのであつて、幸太郎の年齢を考慮すると幸太郎が死亡する可能性を考えなかつたとは推認できない。加害者側の心理として重大な結果(死亡)にならないことを祈る気持ちで、幸太郎が死亡することを考えまいとしていた心情は理解できないではないし、また、被害者側としても幸太郎が生存して治療を受けているときに誓約書に死亡の結果を含む文言を記載することを回避するのも十分に了解できるところである。そうすると、誓約書が死亡に関する損害についてこれを除外する趣旨であつたとは認めることはできない。

そして、被告昭光が当時一八歳であること、翌四月には大学への進学を予定していたこと(乙三五)を勘案すると、被告昭光には全く支払能力がなかつたのであるから、父である被告光男が、右誓約書によつて被告昭光と連帯して、その損害賠償債務を支払うことを約したものというべきである。

三  争点2―過失相殺

1  証拠(乙四、六、七、六一、六二、被告昭光本人尋問)によると、被告昭光は本件事故現場付近を時速約三〇キロメートルで進行していたこと、本件事故の衝突地点の約二八メートル手前(ア地点)で、対面の信号表示が黄色となつたこと、その時点で多少減速して更に約二〇・八五メートル(イ地点)ないし約二三・九メートル(エ地点)進行した地点の間で、同信号は赤色表示となつたこと、その時点でアクセルを少しふかしてそのまま進行しようとしたこと、被告昭光は同信号が赤色表示に変わるのを確認したと同時位に横断歩道(自転車横断帯上)を左から右に横断する幸太郎を発見したこと、右発見地点は衝突地点の約五・七メートル手前(ウ地点)であること、右ウ地点は横断歩道手前の停止線を越えた地点であること、被告昭光の対面信号は、青色表示が六五秒間、黄色表示が三秒間、赤色表示が二七秒間であること、幸太郎の対面信号は、被告昭光側の信号が黄色表示のときは赤色表示であり、被告昭光側の信号が赤色になつたのち二秒間は幸太郎の対面信号は赤色表示であること(いわゆる全赤表示)、衝突地点は歩道端から約一・九メートル横断歩道上に入つた地点であることが認められる。

2  右認定事実によると、被告昭光は時速約三〇キロメートルで進行し、対面信号が黄色表示となつたので多少減速して進行し(ア地点)、赤色表示の時点で加速し(ウ地点)、その時点で横断歩道上の幸太郎を発見しているから、幸太郎の対面信号の表示はまだ赤色表示であつたと推認することができる。

なお、老人の歩行速度は、時速約三・五メートル(秒速〇・九七メートル)といわれており、衝突地点は歩道端から約一・九メートル横断歩道上に入つた地点であることから、幸太郎は衝突の約二秒前に赤信号で横断歩道に進入したと推定できる。

3  もつとも、証拠(乙四、三四、三六)中には、衝突地点の五九・三メートル手前(〈1〉地点)で対面信号が黄色表示になり、〈1〉地点から二七・五メートル進行した地点(〈2〉地点、停止線の二三・八メートル手前、衝突地点の三一・八メートル手前)で対面信号が赤色表示となり、〈2〉地点から二五・五メートル進行した地点(〈3〉地点)で横断歩道上の幸太郎を発見し、五・七メートル進行した地点(〈4〉地点)で衝突した旨の記載がある。

しかし、右証拠(乙三六)中で、被告昭光は時速約三〇キロメートルで進行し、対面信号が黄色表示になつたところで減速したと供述するところ、〈1〉地点から〈2〉地点までの二七・五メートルを三秒間(前記認定のとおり黄色表示は三秒間である。)で進行していることになるから、この間の時速を計算すると時速約三三キロメートルとなり、供述とは異なつて加速したことになること、また、被告昭光は〈2〉地点で交差点を直進できる根拠をまだ歩行者がなさそうだつたと供述(乙三六)するが、停止線から二三・八メートル手前で交差点の対面赤色信号を敢えて無視して直進しようとする動機としては根拠が薄弱であること、更に、証拠(乙六〇)によると被告昭光は、本件事故当日とその翌日警察で取調べを受け、その際に「信号が赤になつてすぐに相手が出てきたのでそんなに離れていない」と取調べ警察官に主張しており、その時点では幸太郎が死亡していなかつたのであるから、ことさら重い刑責を免れようとしたとは考えられず、しかも、右取調べの際に被告昭光に示した図面は実況見分調書の元となる図面であり、実況見分調書添付の図面そのものでなかつたことなどを考慮すると、被告昭光の供述調書(乙三四、三六)が被告昭光の弁解に配慮せずに作成された疑いが残り、右供述調書の記載を採用することはできない。

4  前記認定のとおり、幸太郎の対面信号も赤色表示であつたことに加え、本件事故の発生時間、被害者である幸太郎の年齢等を考慮すると、幸太郎の過失割合は二〇パーセントと認めるのが相当である。

四  争点3―損害額

1  葬儀費用、墓地使用料及び墓石代金

証拠(甲一六、二一ないし二六、弁論の全趣旨)によると、原告らは幸太郎の葬儀を営み墓石を建立したことが認められ、右費用のうち、本件事故と因果関係のある損害としては一五〇万円が相当であると認める。

2  逸失利益

(1) 証拠(甲一〇ないし一五、一八、乙四〇、原告一夫本人尋問、弁論の全趣旨)によると、幸太郎は行政書士事務所を経営するとともに運送業も営んでいたこと、行政書士として平成二年は二六〇万三九二六円、同三年は一九八万四七四九円、同四年は二九一万〇八八八円の収入があつたこと、その三年間の収入の平均は二四九万九八五四円であること、運送業の収入は平成四年五月から同五年三月までで合計二五一万九三二三円であり、一か月当たりの平均収入は二二万九〇二九円で、これに一二を乗じた二七四万八三四八円が年間収入となること、運送業の経費は二〇ないし三〇パーセントであること(本件では三〇パーセントを採用する。)、幸太郎は本件事故時七〇歳で健康であり、今後六年間(平均余命の半分、六年のライプ係数は五・〇七六)は稼働できたと推認されることが認められ、生活費控除を五〇パーセントとするとその逸失利益は、一一二二万七三四〇円となる(別紙損害金計算書の計算式のとおり)。

(2) 証拠(甲六、一〇ないし一二、弁論の全趣旨)によると、幸太郎は社会保険庁から厚生年金を平成二年は二一七万五三九〇円、同三年は二〇二万四六三二円、同四年は二〇八万九九六六円を受給しその三年間の平均は二〇九万六六六二円であること、右年金は終身に渡り支給されること、平均余命期間は一二年(一二年のライプ係数は八・八六三)であることが認められ、生活費控除を稼働可能の六年間は五〇パーセント、それ以降は七〇パーセントが相当であり、平均の六〇パーセントを控除するとその逸失利益は七四三万三〇八六円となる(別紙損害金計算書の計算式のとおり)。

(3) 証拠(甲七ないし一二、二〇、弁論の全趣旨)によると、幸太郎は日本火災海上保険株式会社から退職年金を平成二年は四二万三六〇〇円、同三年は四二万八一〇〇円、同四年は四二万九六〇〇円を受給しその三年間の平均は四二万七一〇〇円であること、右年金は終身に渡り支給されること、原告一夫に今後五年間(五年のライプ係数は四・三二九)に渡り遺族年金として年間三〇万〇七二〇円が支給されること、右は控除する必要があることが認められ、平均余命・生活費控除を前同様とすると、その逸失利益は二一万二三三八円となる(別紙損害金計算書の計算式のとおり)。

3  慰謝料

本件記録に顕れた諸事情を考慮すると、幸太郎の死亡による苦痛を慰謝するには一八〇〇万円が相当である。

4  小括

1、2(1)ないし(3)及び3の損害額合計は三八三七万二七六四円となり、前記三認定のとおり過失相殺率二〇パーセントとし、てん補額二〇〇万円(争いがない)を控除するとその残額は二八六九万八二一〇円となる。

5  相続

幸太郎の子らである原告一夫及び原告井口優子がその損害賠償請求権を、各二分の一である一四三四万九一〇五円宛相続した(甲三、四)。

6  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経緯及び認容額(右合計二八六九万八二一〇円)等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告らに各一四〇万円を認めるのが相当である。

五  まとめ

以上によると、原告らの請求は、それぞれ被告らに対し連帯して一五七四万九一〇五円及びこれに対する本件事故日である平成五年三月二二日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却する。

(裁判官 竹内純一)

損害金計算書

事件番号5-17266

当事者 原告坂木一夫ほか1名・被告磯野昭光ほか1名

〈省略〉

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